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<<   作成日時 : 2009/02/27 00:43   >>

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最近、ちょっとしたことでものすごく腹が立つ事がある。



満員電車の中で、ドアの前につっ立っていて降りるのに邪魔な人をみてむっかぁぁぁ!!


ってきたり、



傘をさしながらフラフラと雨の中を自転車で走っている老人をみて、


そんな状態で乗ったら危ないやろ!!


って思ったり、



ほんと些細なことでカッチンカッチンきてる自分がいる。




僕は、昔、


本当に笑わない子でした。


特に小・中学生の時は本当に目つきが悪く、いつも誰かに「なんか怒ってる?」って

聞かれてました。

あることがあって人が信じられなくなり、

「お前も心の中では違う自分がおるんやろ?」

っていつも心で思っていて、 

まあ、ヤンキーとかそんなんではなかったんですけど、

基本的に周りの人たちは、僕の事を嫌っていたと思います。


しかし、これもまたある出来事があり、

「こんなんじゃだめだ、いつも笑顔でいよう」って思うようになり、

高校の時だったかな、

いつもニコニコしてる自分になりました。

もちろん、心の中は以前のままですが・・・


その名残で、今でも何かの拍子でついつい笑ってしまいます。

会社の同僚からも「何笑ってるんです?」って

会話の途中で言われたり(笑)


何か、条件反射的に笑ってしまう、いや、笑顔になってしまうんです。

その影響か、

社会に出てからは「いい人」「ほんわか、のんびりした人」

なんて言われることも多くなり(自分で言っててバカみたいですが)ました。


でも、これは本当の自分じゃない。

周りの人たちに対して、その「嘘」の自分を見せることが

とても嫌になることがあるんです。


人って、生きていく上で、さまざまな「嘘」をついてきているはずです。

本心、本当の自分を隠して。

でも、それは当り前のことで、

他人に話を合わせる、その場に溶け込む、それら無くして人の「営み」というものは

存在しない。

家族の前、友人の前、上司の前、そして恋人の前で・・・

社会を前にして、みな違う「顔」をしている。


しかし、

それは罪なのか?素顔って何だろう?


僕自身、今までいろんな仮面をかぶっている・・・

人として他人と付き合っていくためには

表層的な自分、嘘の自分なしでは歩めない。


「理解さえしあえれば、争いはなくなり、本当の自分と本当の相手とつきあえる」


そんなことは実際あり得ないんだけど(限りなく近づくことは可能かもしれないけど)、


そうでありたい、

そうなりたいと思っている自分がいる、

嘘を許せないと感じる自分もいるんですよね。



他人が「嘘」をついているのに気づき、腹立たしく感じる・・・

でも、そんなことで言い争いになったりするのが嫌で、その嘘にまた話を合わせてしまう。



そんな自分がとてつもなく嫌い。


不安定な気持でふらふら、ふらふらと・・・


ほんと、

なんかパーーーッとしたいです(笑)







それにしても、


最近、知りたくない真実が前提の相手の嘘を見抜く力がすごく備わってきました。

何が言いたいのかよくわからないと思いますけど(笑)、


要するに、

相手の嘘が簡単に見抜けるようになったってことです。



あー、

もうやだやだ(笑)

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